パティ・スミス・グループ/ウェイヴ

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    500 JPY
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    Seller
    molirinho (Individual)
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    Item Information

    • Auction ID
      n1142074879
      Current Bids
      1
      Item Condition
      There is no noticeable scratches or dirt
      Quantity
      1
      Start Price
      500 JPY
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      10 JPY
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    • Seller Type
      Individual
      Item Location
      京都府
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      Current Highest Bidder
      7*e*9*** / Seller feedback : 1572
      Start Time
      2024-06-26 10:54:21 (Japan Time)
      End Time
      2024-07-01 23:54:21 (Japan Time)
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    Item Description

    1979年の作品。


    パティ・スミスは、1946年12月30日生まれ、米国出身のシンガー、ソングライター、詩人、画家、作家、写真家です。
    シカゴに生まれた彼女は、1967年にニューヨークに移住し、アンガーグラウンドのアート・シーンに参加し、写真家のロバート・メイプルソープや、劇作家で俳優のサム・シェパードと出会い、自身は詩作に即興の演奏を加えたパフォーマンスや文筆活動で、表現の幅を広げていきます。
    1974年には、アリスタ・レコードと契約し、元ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのジョン・ケイルをプロデューサーに迎えてレコーディングされたデビュー・アルバム『ホーセズ』は、ゼムの1964年の曲『Gloria』やクリス・ケナーの1962年の曲『Land of 1000 Dances』など意外な選曲によるカバーとオリジナル曲、即興で作られたような長めのスポークン・ワードをミックスした内容で、全米チャート47位となるスマッシュ・ヒットを記録しまし。
    そして1976年にはセカンド・アルバム『ラジオ・エチオピア』を発表します。
    "パティ・スミス・グループ"名義となったのは、このセカンド・アルバムからで、プロデューサーにエアロスミスやチープ・トリックを手がけたジャック・ダグラスを迎え、バンド色の強いストレートなロック・ソングと、実験的でフリーフォームな作品が収録されており、この2つの個性かぶつかり合うような作品なっています。
    さらに1978年のサード・アルバム『イースター』は、ブルース・スプリングスティーンやトム・ペティとの仕事で有名なジミー・アイオヴァィンをプロデューサーに迎え、前2作とは全く異なり、ブルース・スプリングスティーンとの共作曲『ビコーズ・ザ・ナイト』のようなポップなロックンロール、『ロックンロール・ニガー』『25階』『ハイ・オン・リベリオン 』のような挑発的なロックンロール、『ゴースト・ダンス』のようなフォーク、『ベイブローグ 』のようなスポークンワードなどバラエティに富みながら、アルバム全体には、これまでにない軽快な雰囲気が漂っています。
    これは彼女の詩的な才能がロックンロールを中心にした特定のスタイルと融合し新しい音楽を生んだこと、芸術的な衝動と商業的な願望の間で発揮された彼女のアーティストとしての活動の頂点であることの証明であり、それが全米20位、全英16位、シングル『ビコーズ・ザ・ナイト』は全米10位、全英5位という大衆的支持を得るに至ったのだと思います。
    そして1979年に発表された4枚目のアルバム『ウェイヴ』が、今作です。
    旧知の仲であり、既にミュージシャンとしてもプロデューサーとしても有名になっていたトッド・ラングレンのプロデュースによる今作は、前作で見せた軽快さはそのままに、明るささえ感じられるポップなサウンドとなりました。
    夫のフレッド・スミスへのストレートなラヴ・ソングである『フレデリック』をオープニングに、ロックスターの名声について最も辛辣に歌うバーズのカバー曲『ロックンロール・スター』や、情緒的でスケールの大きなバラード『プロークン・フラッグ』や、ローマ教皇ヨハネ・パウロ1世の短い在位期間へのオマージュであるアルバム・タイトル曲など、以前のアルバムでは試みようとしかなかったスタイルの楽曲で、魅力的で率直な誠実さも表現しています。
    ただ当時はセールス面では全米18位、全英47位とそこそこの結果を残したものの、音楽批評家からの評価は低く、それは彼女のキャリアの初期に見られた詩的な才能の奥深さ、スポークンワードのスタイルを志向せざるを得ないようなパフォーマンスの持つ性急さが消え、その代わりに心地良いポップさばかりが強調されたように感じられたからだと思います。
    しかし今作、或いはこれまでの彼女のキャリアの過程を振り返る限り、彼女は常に自己表現に対して正直であり、最初から"自分の作品がパンクに始まりパンクに終わる"とか、"スポークンワードに始まりスポークンワードに終わる"などと考えてはおらず、常に感性をオープンにして時代の流れに臨み、そこから彼女なりの新しいスタイルをその都度創造していただけで、今作がポップな内容になったのは、そのスタイルの種を蒔き育て、果実として収穫に至っただけのことなのでしょう。
    なお彼女は今作のリリース後、バンドを解散し、9年間もの間沈黙を守り、再びカムバックするのは1988年の『ドリーム・オブ・ライフ』で待つこととなります。
    1人のアーティストが成長し、成熟し、その果実を収穫したあとで再スタートを切るまでの過程は、かくも重く困難なものであることがわかる、ポップな傑作です。


    国内盤なので、ライナーノーツ・英詞・対訳・帯は付属しています。
    レコードの保管については、専用ラックに立ててきましたが、経年により少しだけ反りがあります。鑑賞には問題ありません。
    同じく経年により、色褪せやシミが少しだけあります。
    それ以外は美品です。

















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